今年も千鳥ガ淵の桜を・・・・
東京に来て毎年行っています 3回です もうお別れ 次回は何時来れるかな?と思うと寂しいなぁ・・
やはり ここの桜が一番ですね。
目に焼き付けようと総て大きな写真を UPしました。











東京の桜の追っかけは これにてお終いです。
あっ マダマダ・・・・・
続きを読む
東京に来て毎年行っています 3回です もうお別れ 次回は何時来れるかな?と思うと寂しいなぁ・・
やはり ここの桜が一番ですね。
目に焼き付けようと総て大きな写真を UPしました。











東京の桜の追っかけは これにてお終いです。
あっ マダマダ・・・・・
続きを読む
北区の音無親水公園と飛鳥山公園の櫻・・・・に行ってきました。
まぁ平日と言うのに・・沢山の人出です。

↑↓は音無親水公園です。
音無親水公園は、小平市の東部を源にして隅田川に注ぐ石神井川の旧流路に整備された公園です。石神井川は、北区付近では“音無川”と呼ばれ親しまれ、古くからの春の桜・夏の青楓と滝あび・秋の紅葉など四季の行楽の名所、景勝の地でした。
まぁ知らないで行ってビックリ 石神井川・・・我家の裏に流れている川・・最後に繋がっている事!

親水公園の道路を隔てたお向かいは飛鳥山公園です。
飛鳥山公園は、八代将軍徳川吉宗の指示で1270本の桜を植え、大岡越前の時代、江戸庶民のためにこの地を花見の地にしたのが始まりといわれる公園。
やはり吉宗さんは粋な計らいをしたんですねぇ。



そしてね 都電荒川線に乗りまして・・・・

さぁ・・・何処に・・・・
続きを読む
まぁ平日と言うのに・・沢山の人出です。

↑↓は音無親水公園です。
音無親水公園は、小平市の東部を源にして隅田川に注ぐ石神井川の旧流路に整備された公園です。石神井川は、北区付近では“音無川”と呼ばれ親しまれ、古くからの春の桜・夏の青楓と滝あび・秋の紅葉など四季の行楽の名所、景勝の地でした。
まぁ知らないで行ってビックリ 石神井川・・・我家の裏に流れている川・・最後に繋がっている事!

親水公園の道路を隔てたお向かいは飛鳥山公園です。
飛鳥山公園は、八代将軍徳川吉宗の指示で1270本の桜を植え、大岡越前の時代、江戸庶民のためにこの地を花見の地にしたのが始まりといわれる公園。
やはり吉宗さんは粋な計らいをしたんですねぇ。



そしてね 都電荒川線に乗りまして・・・・

さぁ・・・何処に・・・・
続きを読む
晴天に誘われて 吉野梅郷に行って来ました。
東京生活 2年半で青梅梅郷は初めてです 行くことは出来ないだろうと諦めていましたが。
引越しの準備を 掘り投げて 行って来ました。
日向和田の駅を降りるとちょっと歩くと神代橋にかかります。↓
橋の下の流れはエメラルド色の流れを見てまず感激・・そして川の向うの山を見ると 薄靄に包まれたようにピンクに染まっています。

青梅市梅の公園に着きました。入園料200円 平日だと言うのに なんだ この込みよう とサットンは驚いています(ゞ( ̄∇ ̄;)おいおい そうゆう私達も 平日に 来ているんでっせ!)

山全体が梅 梅 梅です2万5千本の梅の香りがいっせいに・・・


こんなワンちゃんが・・お振袖を着せてもらって カメラ目線です。

今日のもう一つの目的地 吉川英治記念館に・・・
ここもサットンが行きたかった所・・・歴史大好きなサットンは勿論吉川英治の小説は読破に等しいでしょう・・・(私は 足元にも及びません)
ここは、吉川英治が昭和19年3月、家族と共に東京赤坂 から疎開し、昭和28年8月まで生活していたところです。 英治はこの家屋敷2000坪を"草思堂"と名づけました。


元養蚕農家野村氏の住まいだったもので、幕末に建てられ、 百数十年の風雪を経た建物です。
近隣を愛し、梅を愛で新平家物語りもここで執筆したとか 生原稿も沢山ありました。
そして・・・・
続きを読む
東京生活 2年半で青梅梅郷は初めてです 行くことは出来ないだろうと諦めていましたが。
引越しの準備を 掘り投げて 行って来ました。
日向和田の駅を降りるとちょっと歩くと神代橋にかかります。↓
橋の下の流れはエメラルド色の流れを見てまず感激・・そして川の向うの山を見ると 薄靄に包まれたようにピンクに染まっています。

青梅市梅の公園に着きました。入園料200円 平日だと言うのに なんだ この込みよう とサットンは驚いています(ゞ( ̄∇ ̄;)おいおい そうゆう私達も 平日に 来ているんでっせ!)

山全体が梅 梅 梅です2万5千本の梅の香りがいっせいに・・・


こんなワンちゃんが・・お振袖を着せてもらって カメラ目線です。

今日のもう一つの目的地 吉川英治記念館に・・・
ここもサットンが行きたかった所・・・歴史大好きなサットンは勿論吉川英治の小説は読破に等しいでしょう・・・(私は 足元にも及びません)
ここは、吉川英治が昭和19年3月、家族と共に東京赤坂 から疎開し、昭和28年8月まで生活していたところです。 英治はこの家屋敷2000坪を"草思堂"と名づけました。


元養蚕農家野村氏の住まいだったもので、幕末に建てられ、 百数十年の風雪を経た建物です。
近隣を愛し、梅を愛で新平家物語りもここで執筆したとか 生原稿も沢山ありました。
そして・・・・
続きを読む
大泉学園にある牧野記念庭園に10時半過ぎから 二駅ですがお歩きで行ってきました。練馬を後にする直前に・・やはりいつでもそうですが近所は何時でも行く事が出来ると思い 慌ててしまうのですね やっと今日行ってきました。 サーゴさんにノブコンさん 近くに地味だけれども素晴らしい庭園があるんだよ 行ってきたら?と進められていたんですけれども・・・・
牧野記念庭園です。 12000歩のお歩きでした。(3月7日の歳時記をコピーしました)

牧野博士が96歳までこの書斎で植物の研究をした書斎です。

ゆきわりいちげ が可憐に・・・・かんげきぃ!

ヒロハアマナ・・球根は名前が記す様に甘いらしいですよ!

ちょっと遅かったようですが 残念です でもこのお花があこがれていた セツブンソウなんですね。
とっても小さな お花でした。

今日の散歩は思いがけない収穫で・・あぁ最後に残しておいてよかったぁ・・と・・・負け惜しみかな

遅くなってしまい UPの日にちが前後してしまいました・・・・・
2月28日に河久での食事の前に 夫婦で約束の時間まで夜の浪花の街を歩いてみました。
近松門左衛門の曽根崎心中の縁のお初天神どうりへ 夜のお初天神は初めてです。
ご一緒にお初天神道りを歩いてみませんか・・・・

飲食遊興街をそぞろ歩き・・・中ほどに来て右に入ると こんな小さなお地蔵さんが
ごて地蔵です。
ごて地蔵でお参りをして歩いていくと 弁柄格子の土塀が・・・・お初天神の鳥居が見えてきました。本当の名前は露天神社と言うんですね 知りませんでした お初天神で通っていますもの!
きっと 露天神はどこですか? と道を聞いても皆さん さぁ と首をかしげるでしょうね!
ヤッパリお初天神やわねぇ・・・・

はぁい 鳥居をくぐり 境内に入りました。
お初と徳兵衛の銅像が・・・
元禄16年(1703)4月7日、大阪の曽根崎・露(つゆ)天神の森で心中事件が起こりますした。
添い遂げられぬと知った堂島新地の遊女・お初と醤油屋の手代・徳兵衛が死んだのです。
この心中事件は、すぐさま歌舞伎の世話狂言に仕立てられて、京都で舞台にかけられました。

お初天神を後にして東へ徒歩で20分歩いて天神橋商店街に・・・
商店街を歩いていくと 左手を見ると ちょうちんが・・・ありました繁盛亭
今 NKKで朝ドラ ちりとてちんを皆さんご覧になっていませんか?
私毎朝楽しみにしています。
ドラマでも 落語の常置小屋を作ろうと言う話しが草若師匠が奮闘していましたが・・・
この繁盛亭 上方落語協会 会長の桂三枝師匠や多くの落語家達の尽力で2006年9月15日に
オープンしたんですよね!

ちりとてちん現象とでも言いましょうか 繁盛亭 連日 若い人で大盛況だとか!
夜の部でも 若いお嬢さんが一人チケットを買っていましたよ。
大阪に帰ったら 私も 寄席に行きましょう。

2月28日に河久での食事の前に 夫婦で約束の時間まで夜の浪花の街を歩いてみました。
近松門左衛門の曽根崎心中の縁のお初天神どうりへ 夜のお初天神は初めてです。
ご一緒にお初天神道りを歩いてみませんか・・・・

飲食遊興街をそぞろ歩き・・・中ほどに来て右に入ると こんな小さなお地蔵さんが
ごて地蔵です。
ごて地蔵でお参りをして歩いていくと 弁柄格子の土塀が・・・・お初天神の鳥居が見えてきました。本当の名前は露天神社と言うんですね 知りませんでした お初天神で通っていますもの!
きっと 露天神はどこですか? と道を聞いても皆さん さぁ と首をかしげるでしょうね!
ヤッパリお初天神やわねぇ・・・・

はぁい 鳥居をくぐり 境内に入りました。
お初と徳兵衛の銅像が・・・
元禄16年(1703)4月7日、大阪の曽根崎・露(つゆ)天神の森で心中事件が起こりますした。
添い遂げられぬと知った堂島新地の遊女・お初と醤油屋の手代・徳兵衛が死んだのです。
この心中事件は、すぐさま歌舞伎の世話狂言に仕立てられて、京都で舞台にかけられました。

お初天神を後にして東へ徒歩で20分歩いて天神橋商店街に・・・
商店街を歩いていくと 左手を見ると ちょうちんが・・・ありました繁盛亭
今 NKKで朝ドラ ちりとてちんを皆さんご覧になっていませんか?
私毎朝楽しみにしています。
ドラマでも 落語の常置小屋を作ろうと言う話しが草若師匠が奮闘していましたが・・・
この繁盛亭 上方落語協会 会長の桂三枝師匠や多くの落語家達の尽力で2006年9月15日に
オープンしたんですよね!

ちりとてちん現象とでも言いましょうか 繁盛亭 連日 若い人で大盛況だとか!
夜の部でも 若いお嬢さんが一人チケットを買っていましたよ。
大阪に帰ったら 私も 寄席に行きましょう。

サットンが所用で新宿に出かける事がありまして・・・30分で済むから一緒に行くか?
と親切に声を掛けてくれました。 はぁい ご一緒しますよぉ・・話は纏まりました。
先日TVで梅 寒桜の競演で 見事ですよぉ・・と 聞いておりましたから 行きたかったのです。
お天気も良くそれは見ごとでした。
まずは梅です 写真だけですけれども・・・
梅の向うは ドコモビルです。

白梅 紅梅 見事 満開でした。
梅の下では 若いパパが ボクちゃんをモデルに・・あまりにも可愛いかったので 後ろから失礼!

梅の足元は水仙が・・・・

角度を変えて 櫻の向うはドコモビルです。

寒桜 河津櫻 今はち切れんばかりの満開です 咲き競っていましたよ。

↑大正ロマンを感じるお二人ずれ 絵になりますねぇ・・お召し物は 銘仙のような?
男性のお帽子ハンチング また様似なっていました。

それから・・・・
続きを読む
と親切に声を掛けてくれました。 はぁい ご一緒しますよぉ・・話は纏まりました。
先日TVで梅 寒桜の競演で 見事ですよぉ・・と 聞いておりましたから 行きたかったのです。
お天気も良くそれは見ごとでした。
まずは梅です 写真だけですけれども・・・
梅の向うは ドコモビルです。

白梅 紅梅 見事 満開でした。
梅の下では 若いパパが ボクちゃんをモデルに・・あまりにも可愛いかったので 後ろから失礼!

梅の足元は水仙が・・・・

角度を変えて 櫻の向うはドコモビルです。

寒桜 河津櫻 今はち切れんばかりの満開です 咲き競っていましたよ。

↑大正ロマンを感じるお二人ずれ 絵になりますねぇ・・お召し物は 銘仙のような?
男性のお帽子ハンチング また様似なっていました。

それから・・・・
続きを読む
2月23日〜24日京都に一泊のお泊りでした。
もう何年になるでしょうか(6年) ネット友の京都のbungaさんが 長年の夢が叶い3月の18日から
生活ライフをバリに移すことになったんです。
勿論バリまで 追いかけてお邪魔する計画は とうに立てていますが・・・・・
日本を離れる前に夜通し 語り明かしたいねぇと、 ビビアンさんや気ままさんと話していましたが・・・
今回はbungaさんビビアンさん 私で 『ホテル京都平安の森』で一泊しました。
あいにく気ままさんは 他のお友達との旅行と重なってご一緒できなかったのですが・・・・・
長いお付き合いで 何回 修学旅行のように夜通し 語り明かしたのでしょう・・・思い出しますねぇ
最初は 京都 次は 富山氷見 そして 高野山 今回のお別れの京都 お泊りは4回目です。
(私は本籍が京都であることもあり 再三お会いしていましたが)
bungaさんがお宿を用意してくれました。 平安の森京都です。↓
余談ですが/このお隣の神社で30ん年前にbungaさんは挙式してこのホテルで披露宴をしたんですって!思い出のホテルなんですね (内緒ですが ばらしちゃいました 堪忍!)

夕方からチラチラと降り始めていましたが 朝起きてみると ほぉら↑雪が・・・・

朝食が済むと ロビーの玄関前はbunga さんの愛する『旦さん』が私達を迎えに車で横つけ・・です。
ありがたいですねぇ・・・まずは北の天満宮 学問の神様です・・・もうこれ以上頭はよくならなくてもいいわねぇ・・(笑)ボケないように
お願いしましたよ!
北の天満宮の梅は有名なんですが・・梅の可憐な花も 雪の帽子をかぶって・・・

金閣寺は予定に入っていませんでしたが・・・雪の金閣寺に行こう と直ぐに 意見が一致!
マタマタ 旦さんにお世話になりました。
金閣寺の雪 圧巻です こんな光景は 初めてです 絵葉書などで見たことはありますが・・・
めったにめぐり合わないでしょうね。
皆さん三脚を立てて 大きなカメラでこの姿を 狙っていました 私達も 隙間を見つけて 小さなカメラで ごめんやっしゃ・・仲間に入れテェね・・と・・いかがでしょうか 良い写真が撮れましたでしょう!

↑吹き付ける雪の中チケットを買うまでには こんな長蛇の列 30分は並んだでしょうか?
並んだ甲斐がありました・・感動でしたもの
その間旦さんは長時間車の中で 待ちぼうけ・・・
そして祇園の鍵善良房 に 葛きりを食べに・・何時も京都に来るとここで・・・
住所 京都市東山区祇園町北側264番地
電話 (075)561-1818
お干菓子もお土産に買いました。
そしてもう一軒おきまりの お気に入りの店 黒七味のお店 原了郭での3人お買い物・・・

そして遅くのお昼は西利でのお漬物の お寿司です。
勿論沢山のお漬物も買いました。

名残惜しい京都でしたが ビビアンさんのサンダーバードの時間がありますので4時半にbunga さんと
お別れしました 私達は京都駅に///なんとこの日は各地が もう荒れでして・・サンダーバードも2時間送れ/・何時になるかわからない状態 京都駅の三越で時間をつぶしましたがままなりません・・・じゃぁ 大阪まで 行っちゃおうか と話しが纏まり・・大阪に・・なんとも この判断が 良かったようで
大阪駅に着いたら 遅れている電車が 出発する所でした 滑り込みセーフ・・・・
後日談ですが 高岡には2時間遅れで着いたそうですよ。
bungaさん 最後の思いでも雪になり 寒い京都から もう直ぐ温かな bungaさんが好きなバリですね
きっと 身体にも良い条件で 元気なbungaさんに なれると思いますよ。 ありがとう〜〜〜〜
もう何年になるでしょうか(6年) ネット友の京都のbungaさんが 長年の夢が叶い3月の18日から
生活ライフをバリに移すことになったんです。
勿論バリまで 追いかけてお邪魔する計画は とうに立てていますが・・・・・
日本を離れる前に夜通し 語り明かしたいねぇと、 ビビアンさんや気ままさんと話していましたが・・・
今回はbungaさんビビアンさん 私で 『ホテル京都平安の森』で一泊しました。
あいにく気ままさんは 他のお友達との旅行と重なってご一緒できなかったのですが・・・・・
長いお付き合いで 何回 修学旅行のように夜通し 語り明かしたのでしょう・・・思い出しますねぇ
最初は 京都 次は 富山氷見 そして 高野山 今回のお別れの京都 お泊りは4回目です。
(私は本籍が京都であることもあり 再三お会いしていましたが)
bungaさんがお宿を用意してくれました。 平安の森京都です。↓
余談ですが/このお隣の神社で30ん年前にbungaさんは挙式してこのホテルで披露宴をしたんですって!思い出のホテルなんですね (内緒ですが ばらしちゃいました 堪忍!)

夕方からチラチラと降り始めていましたが 朝起きてみると ほぉら↑雪が・・・・


朝食が済むと ロビーの玄関前はbunga さんの愛する『旦さん』が私達を迎えに車で横つけ・・です。
ありがたいですねぇ・・・まずは北の天満宮 学問の神様です・・・もうこれ以上頭はよくならなくてもいいわねぇ・・(笑)ボケないように
お願いしましたよ!北の天満宮の梅は有名なんですが・・梅の可憐な花も 雪の帽子をかぶって・・・

金閣寺は予定に入っていませんでしたが・・・雪の金閣寺に行こう と直ぐに 意見が一致!
マタマタ 旦さんにお世話になりました。
金閣寺の雪 圧巻です こんな光景は 初めてです 絵葉書などで見たことはありますが・・・
めったにめぐり合わないでしょうね。
皆さん三脚を立てて 大きなカメラでこの姿を 狙っていました 私達も 隙間を見つけて 小さなカメラで ごめんやっしゃ・・仲間に入れテェね・・と・・いかがでしょうか 良い写真が撮れましたでしょう!

↑吹き付ける雪の中チケットを買うまでには こんな長蛇の列 30分は並んだでしょうか?
並んだ甲斐がありました・・感動でしたもの
その間旦さんは長時間車の中で 待ちぼうけ・・・
そして祇園の鍵善良房 に 葛きりを食べに・・何時も京都に来るとここで・・・
住所 京都市東山区祇園町北側264番地
電話 (075)561-1818
お干菓子もお土産に買いました。
そしてもう一軒おきまりの お気に入りの店 黒七味のお店 原了郭での3人お買い物・・・

そして遅くのお昼は西利でのお漬物の お寿司です。
勿論沢山のお漬物も買いました。

名残惜しい京都でしたが ビビアンさんのサンダーバードの時間がありますので4時半にbunga さんと
お別れしました 私達は京都駅に///なんとこの日は各地が もう荒れでして・・サンダーバードも2時間送れ/・何時になるかわからない状態 京都駅の三越で時間をつぶしましたがままなりません・・・じゃぁ 大阪まで 行っちゃおうか と話しが纏まり・・大阪に・・なんとも この判断が 良かったようで
大阪駅に着いたら 遅れている電車が 出発する所でした 滑り込みセーフ・・・・
後日談ですが 高岡には2時間遅れで着いたそうですよ。
bungaさん 最後の思いでも雪になり 寒い京都から もう直ぐ温かな bungaさんが好きなバリですね
きっと 身体にも良い条件で 元気なbungaさんに なれると思いますよ。 ありがとう〜〜〜〜








